「XYZ」- メグミオギタギャラリーグループショウ -

「XYZ」展 -メグミオギタギャラリーグループショウ- 2012年12月18日(火) - 2013年1月19日(土)

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シンポジウム


「アーティストは何から作品をつくっているのか」


アーティストは何から作品をつくっているのか

日時:2013年1月12日(土)16:00 〜
会場:MEGUMI OGITA GALLERY →[ 地図
プロデュース協力:保井智貴
記録・音響協力:東京造形大学CS-Lab
会場備品協力:Gallery CAUTION


パネリスト


石崎 尚(いしざき・たかし)
1977年生まれ。多摩美術大学大学院修了。愛知県美術館学芸員。専門は近現代彫刻史。

藤井 匡(ふじい・ただす)
1970年生まれ。九州大学文学部卒業。現代日本彫刻展(山口県宇部市)学芸員などを経て、現在東京造形大学准教授。展覧会企画および評論執筆を中心に活動を行っている。http://www.zokei.ac.jp/professor/study.html?id=408&blng=12

保井 智貴(出品作家)、菊池 敏正(出品作家)、八木 貴史 (出品作家)、中村 ケンゴ(出品作家、司会)ほか


ディレクターから


「XYZ」展では、<彫刻・陶芸・立体作品セクション>出品作家9人に、作品制作に対するスタンスを明らかにするべくアンケートを行いました。アンケートに基づいて、素材、技法とその歴史に対する態度と、表現の源となる対象をチャート表にまとめて、作品と一緒に掲示しています。チャート表とそれぞれの作品を見比べてみてください。 素材、技法とその歴史や、伝統から近代、同時代にわたる作家たちの歴史に対する眼差しなど、さまざまな問題とそれに対する各作家の実践が見えてくるのではないでしょうか。

このシンポジウムではこの展示と基点として、作家たちの創造の源がどこにあるのか、また何によって規定されているのかを考察しつつ、この時代にアーティストと言われる人たちが何から作品をつくろうとしているのかを探ります。


スペシャルドリンク・フード


開始1時間前ほどから、ワイン等の飲み物とプレビューパーティでも好評だったそばがきとそば焼酎もお出ししますので、早めにいらして今回の議論の基点になる<彫刻・陶芸・立体作品セクション>をチェックしてみてはいかがでしょうか。また終了後もひきつづき来場者のみなさんとお酒を飲みながらでも議論を続けていただける時間をつくりますので、お気軽にご参加ください。

そばがきは三種類のそば粉を用意(北海道産北ノ里、更科、上州上田田舎そば)。焼酎は、独自のそば麹により、“そば全量”そば焼酎「十割」。ストレートでも、そば湯割りにしてもよし、そば本来の爽やかな香りとおだやかな甘みをお楽しみ下さい。


参照資料


<彫刻・陶芸・立体作品セクション>解説チャートをダウンロードする(PDF 490k)

チャート

1 乾漆については、そもそも乾漆という言葉で表現されるようになるのは明治以降のものでそれまでは記述されていない言葉でした。また、乾漆という名前の中に、古典技法では脱活乾漆技法、木心乾漆技法、近現代で使われる石膏雌型等 を使用した乾漆技法があります。その他に、漆の乾燥後した塗膜を細かく砕いて 下地に使用する場合も、乾漆と呼ばれたりする場合があります。 

 私は普段の制作では木彫が多いので、あまり奈良時代の脱活乾漆技法を応用する機会は少ないのですが、漆を下地材やモデリング材として、様々な用途で応用する事は古典技法から学んだものです。 

 木彫制作については、漆下地、彩色までを一連の制作手法として多用しますのでそれらの成立時期という風に考えた場合、平安時代の彫刻技法が最も近いと考えています。また、教科書的には漆という素材については9000年前に土器や鏃に漆が塗られていました。 

 阿修羅等の仏像彫刻における脱活乾漆技法は奈良時代の制作技法です。その後、平安時代初期の木彫の成立をきっかけに、木心乾漆技法や木心塑像が発生するという順番になります。(菊池) 


2 乾漆技法は大まかに分けて二通りある。 

1. 工芸的には実用品として使用するため用いた乾漆技法。(成立時期:不明(世界最古の乾漆製品は、約 9000 年前の、縄文時代早期、北海道旧南茅部町垣ノ島B遺跡から出土した副葬品らしい)) 

2. 彫刻的には古典彫刻に用いた乾漆技法。(成立時期:平安時代) 

私が人物彫刻を制作する場合は漆器などの工芸的な乾漆技法がベースになっているが、 場合によっては彫刻的な乾漆技法を用いる。しかし、 どちらの乾漆技法を用いるにせよ、ほぼ我流に近く、いずれの二通りの技法に則してるとは言えないかもしれない。(保井)

  

3 初期キクラデス文化において制作された大理石偶像は、大理石の彫刻と呼べるものとしては一番古いものであると考えられることから、紀元前 3200 年頃( キクラデス諸島)」としたものである。ちなみに日本において最初の大理石の彫刻は、明治14年にイタリア人ラグーザに師事した小倉惣次郎が制作した「阿若丸」という作品であるということである。後にその小倉惣次郎に師事した北村四海が大理石彫刻の先駆者となる。ただし、直彫りでの大理石彫刻に関しては、独学で石彫の技法を学んだ舟越保武が先駆者である。 

 また、多くの美術系大学の彫刻科や教育系美術専修科の教育現場では、約半世紀前、東京芸術大学に四国の石工が伝えた花崗岩や安山岩を加工するための技法をベースとした石彫実技教育が行われている。そのため、ここでの大理石の彫刻技法は、道具や手法、素材に対する考え方など西洋のものとは異なるところもあり、筆者の技法はこちら側を基本としているものである。(塚本)


4 縄文時代草創期 約12000年〜11000年前というのは、日本最古とされている土偶の制作時期です。 

 確実なことは誰にもわかりませんが、石器が使われ始めたのは、日本では310万年前ともいわれていますし、世界レベルでは200万年前とも。。。 

 旧石器時代のようにとても古い時代ともなると、日本の土壌が酸性ということもあり、古ければ古いほど、骨や木など、きっと素材に使われていたであろうものがほとんど残りません。しかし石器の使用があった時点で、何らかの造形物の存在を示唆していると考えています。 

 それはモデリングも同様で、土(粘土質の土)を触って、遊びのような行動などの延長として、間違いなく、なにかをつくっていたはずです。 

 単に遺物がないだけで、なにかをつくる道具や可能性は十分にあったのです。はるか大昔のころから、何かを触って何かをつくっていたのです。生活する上での必需品のようなものだけではなく、彼らの眼差しは、ひとにぎりの粘土や、拾い上げた石ころにも向けられていたはずです。(八木)   


5 学術標本には自然の美しさや、知を結集させた無駄の無い美しさ等、芸術と非常に近い側面を感じます。また、国境な文化などに左右されない、最もグローバルなテーマになるものです。それらに対し、クラッシックな古典技法を掛け合わせる事で新たな表現が作り出せるのではないかと考えています。(菊池)




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